医療倫理のはなし 3

西畠 信鹿児島生協病院
小児科一般、小児循環器

日本小児科学会専門医・代議員
日本小児循環器学会(評議員)

総合病院鹿児島生協病院 倫理委員会 委員長
西畠 信 (にしばたけ まこと)


 

 

医療倫理のはなし ③

 

人生の終わりを自分で選べるでしょうか?
蘇生治療の差し控えの指示


前回は、患者さん本人が書く終末期医療における事前指示書(リビング・ウィル)についてお話ししました。しかし、この3年間に鹿児島生協病院で事前指示書を示された終末期の患者さんは一人もいらっしゃいませんでした。それでは、患者さんの「看取り」はどのようにしているのでしょう?今回は本人の書面で示した意思表示がない状態での終末期医療の例についてお話します。

 

【 事例2 】

 

Sさんは64歳のとび職人で工務店を営んでおり、妻を若い頃に失って男手一つで1男2女を育てました。若い頃から喘息と肺気腫がありましたが、タバコはやめられず、重い発作で入院し酸素吸入することもしばしばでした。中途半端なことが嫌いな性格で常々「人に迷惑をかけてまで生きたくはない」と言っていましたが、自分の死については特に意思表示はしていませんでした。秋のある日、仕事中に重い発作を起し意識消失、救急車で到着時には心肺停止状態でした。何とか一命を取りとめましたが、重度の低酸素性脳障害を残し、気管切開して呼吸をしています。入院中の洗濯など世話は同居してきた長男夫婦と近くに住む次女が交代でしています。Sさんは問いかけに答えられず、意思表示もできませんが、痰の吸引をすれば激しい咳き込みで、苦しそうな表情をします。

入院から4か月の間に肺炎を3回繰り返し、3回目は抗菌薬の効きにくい菌だったため重症呼吸不全となり人工呼吸器を装着しました。痰の分泌も多く、気管内吸引しても1時間と持たなくなっています。栄養状態も悪く血圧も下がって、主治医から「今回は回復しない可能性もあるから、遠くの家族も面会にくるように・・」といわれ、更に急変して心臓マッサージを含む蘇生が必要となったときにどうするかを相談しておくように言われました。

これまでの世話をしてきた長男(夫婦)と次女は、これ以上回復しないのなら、昇圧剤も止めて心臓マッサージはしないで安らかな最後にしてあげようと主張しましたが、東京に嫁いでいる長女は少しでも望みがあるのなら、がんばって欲しいと願い、せめて自分が駆けつけるまでは蘇生をしてほしいと希望しています。

長男夫婦、特に直接世話してきた長男の妻は、義父の世話、工務店の経理、受験期の子供の世話などで疲れていますが、長女の言うこともわかる気がして困っています。呼吸器内科の主治医は家族の中で意見が異なるのでどうしてよいか困惑しています。看護側も夜間に主治医がいない当直帯に急変した時にどこまで蘇生行為をして良いかなど迷っています。

 

終末期に蘇生治療を行わない指示(DNR)とは?

 

この事例を整理しましょう。
第1にもとの病気は悪性疾患ではありません。悪性疾患(主に癌)は日本人の死亡原因の約30%で第1位ですが、残りの70%は心臓病や呼吸器の病気で、癌と違って生命予後(これからどれぐらい生命を保てるか?)の判断は困難です。更に、病状、特に生命に関することは本人にもはっきり説明されないまま死を迎える場合が多いため、本人の意思表示はなく、医療側は判断を主に家族にゆだねることになります。第2に今回のように家族の意見が異なることは日常よく経験し実際にはもっと複雑です。本人がどうして欲しいと願っているかという「推定意思」は、通常は御家族が最もよくわかっているはずですので、家族のご希望を尊重することになりますが、遠くに住む家族もいて、介護に当たる家族と病状の認識や負担感の温度差もあり、それぞれの家庭の事情で意見も異なります。

医師も看護師もチームで医療に当たっている現在の医療では、終末期の蘇生行為をどうするか、一定の方針が必要になりました。家族が心臓マッサージまではしてほしくないと思っていても、夜間の急変で家族も主治医もその場にいなければ当直医はどうしてよいか困ってしまいます。そこで、本当に人生の終末と考えられるときに患者さんの尊厳を保ちながら、いたずらに死期を延期するだけの蘇生行為を行わないための主治医からの指示(DNR指示)をすることが多くなりました。

 

鹿児島生協病院の
蘇生治療を試みない指示(DNR)ガイドラインについて

 

今回の事例では、急性期は川崎協同病院の気管内挿管抜管・筋弛緩剤注射事件と似た状況を設定しました。倫理委員会ではこの事件が発覚する前から論議し始め、約1年半かけてガイドラインの整備をしました。その概要はリビング・ウイルの時と似ていますが、少し現状にあったものになっています。

何よりも、患者さんが回復の見込みがないかどうかという、医学的な判断が最優先しなければなりません。更に家族に十分病状の説明をしていることが前提です(もちろん本人が判断する力が残っているときには本人への説明が優先します)。医療チームが一致するためには、まず患者さんが終末期であるという判断を主治医以外の医師を含む複数の医師で判断します。その上で、看護師を含むスタッフで論議して確認します。御家族の方からDNRの申し出があった場合、及び、医療側からそのような問いかけをする場合の双方が考えられますが、どの場合でも医療側は一度で医師一人で判断するようなことはしないように、御家族もできるだけ2人以上の方にお話して一度で決めないようにして、決めるときには書面でお互いの署名をして記録を残します。しかし、一度そう決めても、経過中に病状が変わり、本人や御家族の意向が変化することがあるので、いつでも変更することは可能です。

そして、DNR指示を実践した事例では、後でも検証できるように、倫理委員会の事務局に報告してもらうようにしています。

このガイドラインにも様々な問題と除外事項があります。たとえばDNRの対象としている医療行為は、気管内挿管を含む呼吸補助と心臓マッサージだけに限らせていただき、点滴や血液透析や経管栄養、昇圧剤の使用等の医療については、事例ごとの状況が異なりすぎているので、ガイドラインに含みませんでした。また、救急外来での蘇生行為はあらかじめ論議する暇がないので対象にしていません。これら様々なことは、法律ではきちんと決まっていないことですが、少なくとも法律に反することのないように判断するのも倫理委員会の役割の一つでしょう。(次回へ続く)

 

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