医療倫理のはなし 2

西畠 信鹿児島生協病院
小児科一般、小児循環器

日本小児科学会専門医・代議員
日本小児循環器学会(評議員)

総合病院鹿児島生協病院 倫理委員会 委員長
西畠 信 (にしばたけ まこと)


 

医療倫理のはなし ②

 

人生の終わりを自分で選べるでしょうか?
終末期医療に関する事前指示書


前回では、鹿児島生協病院の倫理委員会で論議している終末期医療の問題について概略をお話しました。これから具体的な事例を考えながら、私たちが示したガイドラインの解説をします。最初は最近話題の終末期医療に関する事前指示書(いわゆるリビング・ウィル)に関連した話です。(事例はすべてフィクションです)

 

【 事例1 】


システムエンジニアのMさんが、もうすぐ定年退職を迎えようかという59歳の春に腹部に違和感を覚え病院を訪れ検査を受けて胃癌が発見され手術を受けました。手術の結果は広範なリンパ節転移が見られ、化学療法も行いましたが、進行胃癌の診断で医師からはあと3か月ぐらいの生命と告げられました。家族は苦楽をともにした妻と社会人になった24歳の長男と大学生の長女の4人です。 Mさんは以前、母親が同じように癌に侵され、気管切開の上、人工呼吸器(いわゆる生命維持装置)につながれ、最後まで痛みに苦しみながら亡くなったときに看取った経験がありました。そこで、普段から妻には「自分がもう助からない病気と診断されたら、人工呼吸器をつけてまで生きていたくない。痛みを和らげる治療をして、呼吸できなくなり意識がなくなったら過剰な延命治療はしないでよい」と言って、全身状態が悪化する前に文書で自らの最後のことを書き残していました。しかし、遠方に住んでいるこどもたちには心配をかけたくないというMさんの意思で、妻以外には進行癌については話しませんでした。 秋になり、肺炎から酸素吸入が必要になり、意識も低下し、自分で痰も出せなくなったため、入院せざるを得なくなりました。医師は呼吸管理をすれば一時的に回復してもう一度家族と会話ができる状態になる可能性はあると話しています。妻が遠方にいる長男と長女に話すと、「自分たちが帰って会えるまでは何とか生命を保たせて欲しい」と希望しています。しかしそのためには気管内に管を入れて呼吸器を装着しなければなりませんし、装着しても回復するとは限りません。妻は夫が元気なときに書き残した文書があることを思い出して医師に見せ、どうしたらよいかを相談しました。 日常の病院の現場でありうる話です。このようなときに、医療側はどう判断したらよいのでしょうか?

 

(1)終末期医療(尊厳死)に関する事前指示書(リビング・ウィル)とは?

 

最近の医療倫理の考え方では、本人が自分の医療に関してどう望んでいるかがわかれば、できるだけ尊重するようになりました(自己決定権の尊重)。特に今回の事例のように自分が終末期を迎えたときにどのようにしてほしいかをあらかじめ文書で示したものを事前指示書(リビング・ウィル)と称しています。 現実にこのような事前指示があることはまだほとんどありませんが、もし事前指示があればそのとおりにできるでしょうか?

今回の事例のように、父親が余命いくばくかしかないことをあらかじめ知らされていなかったお子さんたちは、せめて生きているうちに一目会いたいし、ことばも交わしたいと望んでいます。長年連れ添った妻は夫の希望を尊重したいと考えながらも子供たちの思いも理解できるので困っています。医療側は刻一刻と状態が悪化していく中で酸素吸入と痛みに対する治療をしながら困っています。

人生の終わりが、本人だけでなく家族にとっても大切な問題で、これが時間を待てない状況で起こり得るのが医療の現場です。 今回の事例で、どのような選択をされたかを述べます。

本人の事前指示書が意識明瞭な時に作成されたものであることは間違いないものと判断できましたが、医師、看護師などの医療チームも含めた再確認ができていなかったこと、一旦回復すれば数週間の延命が可能であることを考慮して、人工呼吸を行うことにしました。幸い、意識は回復して呼吸器から離脱し、子供さんとも話すことができ、少しの時間ですが自宅に帰って家族一緒の時間をすごしました。その後、自宅で家族の看取る中、最後を迎えることになりました。

 

(2)鹿児島生協病院の「リビング・ウィルの取り扱いに関するガイドライン」

 

3年前に病院の倫理委員会が作られてから最初に論議して病院管理部に提言し、認められたのがこのガイドラインです。この中では、いくつかの確認をすることにしています。

 

  1. 患者さんの状態が回復不可能な状態かどうかの医療側の判断
  2. この本人の意思表示がどのような状況で行われたか(正常な意識状態で正確な情報に基づいているかどうか)
  3. 家族の意思確認

 

患者さんの意思表示を正確に把握するには現在の状態を本人が知っているか、(疾患の)告知ができているか、等も大切なことです。

患者の状態の判断は主治医だけではなく複数の医師で確認することにしました。また、人工呼吸器に依存するような状態になってもその状態から回復すれば長期の生存が望めるようなときにはリビング・ウィルに従う対象にはしません。(今回の事例はこれに近く、また医療側との確認ができていないことで、事前指示書には従わなかったことになります。) リビング・ウィルの形式は患者自身の署名または捺印がある文書で示され、家族全員の意思を代表するような家族少なくとも1人の立会いの下に本人の意思を再確認することを原則としました。

患者本人が書面で意思表示できなくても、口頭で意思表示しているときは法定代理人となるような家族(または家族に準ずる者)と医療側複数の立会いの下に確認して記録と立会い者の署名(捺印)をすることにしましたが、口頭のみの意思表示で記録のないものはリビング・ウィルとは取り扱わないことにしました。本人の意思と家族の意思が異なるときにも繰り返し話し合いますが、できる限り本人の意向を尊重することを原則とします。また、年齢15歳未満は現時点ではこの対象としないことにしました。 更に、一度決めても、患者本人の意識が正常な限りはいつでも変更できることも付け加えています。  
(※次回へつづく)

 

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