医療倫理のはなし 1

西畠 信鹿児島生協病院
小児科一般、小児循環器

日本小児科学会専門医・代議員
日本小児循環器学会(評議員)

総合病院鹿児島生協病院 倫理委員会 委員長
西畠 信 (にしばたけ まこと)


 

医療倫理のはなし ①


人生の終わりを自分で選べるでしょうか?


これから何回か、私たちの病院で4年以上前から活動を開始した倫理委員会の活動を紹介し、組合員の皆さんをはじめ患者様や地域の方々にも是非いっしょに考えていただきたい、身近な医療に関わる倫理のはなしをします。

 

鹿児島生協病院の倫理委員会

 

3年ほど前にも生協だよりで御紹介しましたが、鹿児島生協病院では、日常の医療で起こってくる倫理に関わる問題、特に患者さんの生と死に関わる問題で簡単には決められないことをいろいろな立場から意見を述べていただき、医療の進むべき方向を判断するために、倫理委員会を設けました。

2000年の6月から準備委員会を作って、どんな倫理委員会にするかを話し合ったり、模擬倫理委員会を開いたりして準備をした上で、2002年6月に発足しました。委員の構成は院外(外部)委員として有識者2人(現在は増員して3人)、患者側2人(医療生協組合員から)の5人と院内(内部)委員として医師4人、看護師3人、事務系2人の9人で、総計14人です。発足後はほぼ2か月に1回話し合い、年間5回開催し、年に1回程度は職員と組合員のための医療倫理学習会を開いてきました。

委員会の意見をまとめて病院の管理部に提言したことはいくつかあります。宗教的な理由で輸血を拒否する患者さんの治療に関する病院の方針、患者さんの遺伝子検査を行うにあたってのガイドライン、保険で適応が認められていない侵襲的な医療行為を当院で行うことの可否と手続き、身体拘束のガイドライン、そして終末期医療に関する議題等です。その中でも、終末期医療に関する論議に最も時間を割いてきました。今回の生協だよりのシリーズでは倫理委員会で論議され提言した終末期医療に関するガイドラインの紹介を中心にします。

 

終末期医療をめぐる社会の背景

 

つい先ごろ、富山県の射水市民病院で外科部長が終末期の患者さん7人で、人工呼吸器(いわゆる生命維持装置)をはずして、新聞・テレビ等のマスメディアのトップニュースに扱われました(そのうち6人では御家族の同意の下であったとのことでした)。4年前には川崎協同病院で医師が同様に重い喘息発作で心臓と呼吸が止まって入院した患者さんが蘇生後も植物状態になると予想され、人工呼吸器をはずして、更に筋弛緩剤(きんしかんざい)(筋肉がゆるむ薬)を用いて呼吸を止めて死に至らしめるという問題が重要なニュースとして扱われました。病院は人が病気になって来る場所であり、人がいつかは命を終えなければならないのですから、「人生の終末期」を取り巻く問題は、病院や診療所でもいつも直面する大切な課題です。

日本人の死亡原因のトップが悪性腫瘍(多くは癌)になって久しくなります。20年ぐらい前までは癌と診断しても本人に告知せず、希望を持たせながらできるだけ長く生きていただくのが普通の医療でした。そのためには呼吸が苦しくなれば気管内に管を入れて人工呼吸器(いわゆる生命維持時装置)を装着して補助し、心臓が止まりかければ心臓を助ける薬や血圧を上げる薬を点滴しながら心臓マッサージを最後まで行ってきました。それで、1分でも1秒でも長く生命を保つのが終末期の医療の常識だったのです。そのために患者さんのからだには気管内の管をはじめ点滴のラインの管がたくさんつながることになりました。

スパゲティがからだを取り巻いているようにみえることからスパゲティ症候群と評されたこともあります。 しかし、1990年代になって、そのような「がんばる医療」だけではなく、どんなにがんばっても治すことができない進行癌などでは、患者さん本人に病名と病気の状態を説明したうえで、痛みをできるだけ少なくして楽に過ごせるような「緩和ケア」と呼ばれる医療も大切なものであると再認識されるようになりました。「ホスピス」や緩和ケア病棟が注目され始め、在宅医療が再認識され、「病院で死ぬということ」(山崎章郎著)などの本が出版されたのはこの頃です。最近では「がんばらない」(鎌田實著)という本もベストセラーになりました。 延命治療をどこまで続けるかという悩みは、近親者の終末期を看取ったことがある人には多かれ少なかれ経験があるでしょう。

自分の親や兄弟姉妹に少しでも長く生きてほしいと願うのは家族の自然な気持ちですが、癌の末期でも苦痛に耐えて最後に心臓が止まるまでがんばらせる姿は、実は本人の望むものとは違うかも知れません。自分が終末期を迎えたときにはもっと自然に楽な最後を過ごさせてほしいと希望されることもあるでしょう。「尊厳死」ということばがあり、国会でも尊厳死法が超党派の議員立法として提案される話も出てくるようになりました。

 

終末期医療をとりまく問題とは?

 

終末期医療をめぐる問題は医療に携わる者にとっても、とても大きな問題であることは先にあげた最近の事件でもお分かりと思います。例を挙げてみます。

 

  • 患者さん自己決定権を尊重するといっても、それではどんな場合でも患者さん自身の希望や御家族の希望に従うだけでよいのでしょうか?
  • 尊厳死に関する意思表示書(事前指示書)には通常、「助かる見込みのない状態になったときに延命処置は希望しない」と書かれています。では生命が助かる見込みがない状態とはどのような状態なのでしょうか?
  • 意思表示ができない患者さんではどのような決定をしたら良いのでしょうか?こどもや生まれる前の胎児の意思はどう考えたらよいでしょう?
  • 患者さんが自分の終末期に関して意思を決めるには病名や病気の重さについても知っていただく必要がありますが、病名をお話してよいでしょうか?またお話してわかっていただけるでしょうか?
  • 実に様々な混乱が病院の現場では起こりうるのです。次回からはその例を挙げながら、当院の倫理委員会が提言して運用されつつあるガイドラインを御紹介します。
 

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